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福岡地方裁判所 昭和31年(ワ)955号 判決

原告

代表者法務大臣

愛知揆一

指定代理人検事

小林定人

法務事務官 小倉巻

訴訟代理人弁護士

下尾栄

福岡市西新町二百十四番地

被告

株式会社 百道工業所

代表者代表取締役

中村ミドリ

訴訟代理人弁護士

鶴田常道

右当事者間の昭和三十一年(ワ)第九五五号詐害行為取消等請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

訴外株式会社セメント瓦百道工業所が昭和二十七年三月二十五日被告との間に別紙目録記載の物件(第一、第二)につきなした売買契約を取消す。

被告は原告に対し金十五万七千円及びこれに対する昭和三十一年十一月十六日から完済まで年五分の割合による金員を支払い且つ別紙目録記載第二のうち一ないし十、十一のうち八百五十個、十二、十三のうち二十個、十四ないし十六、十七のうち四十個、十八のうち四十個及び十九の各物件を返還せよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その一を原告その四を被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文第一項と同旨及び「被告は原告に対し、金四十四万七千円及びこれに対する昭和三十一年十一月十六日から完済まで年五分の割合による金員を支払い、且つ別紙目録記載第二の物件を返還せよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として

一、別紙目録記載の第一、第二物件(以下「本訴物件」という。なお第一、第二の物件は、おのおの「本訴第一物件」「本訴第二物件」という)は、訴外株式会社セメント瓦百道工業所(以下「訴外会社」という)の所有であつたところ、同訴外会社は、昭和二十七年三月二十五日にこれを被告会社に売渡した。しかしながら、訴外会社は同日現在において原告に対し、昭和二十四年二月一日から昭和二十六年十二月三十一日までの法人税合計金額五十一万二千八百五十八円、その加算税合計金四万八千三十一円、その利子税合計金十万三千八百二十六円、その延滞加算税合計金二万一千七百八十四円及び昭和二十五年七月分から昭和二十六年十二月分までの源泉徴収所得税合計金五万八千三百六十三円、その利子税合計金八千七百五十五円、その延滞加算税合計金二千七百円、以上総計金七十五万六千三百十七円の租税債務を負担しておるにかかわらず、右国税の滞納処分による差押を免れるため故意にその全財産である本訴物件を被告に売渡したものであるから、原告は、国税徴収法第十五条により右売買の取消を求めると共に、本訴第一物件の未登記の建物四棟については、その後被告の手で取壊され、いずれも現存しないので、その返還に代え損害賠償として第一物件の合計価額に相当する金四十四万七千円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和三十一年十一月十六日から完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、なお本訴第二物件はすべて現存するのでその返還を求めるため本訴に及んだのである。

二、被告が本訴物件を買受けるに当り、詐害の事実を知らなかつたとの抗弁事実を否認する。訴外会社はセメント瓦の製造、販売を主たる営業目的として昭和二十四年二月二日設立されたが、昭和二十六年末頃から営業不振のため国税の滞納を生じ、しかも昭和二十七年三月三日右滞納により債権の差押を受けるや、代表取締役中村藤吉郎、取締役印丸勇等は、同年三月二十四日訴外会社と同一場所に同種の営業を目的とする被告会社を設立し、中村藤吉郎の妻中村ミドリがその代表取締役に印丸勇が取締役にそれぞれ就任し、被告会社成立の翌日である同年三月二十五日訴外会社はその全財産である本訴物件を被告会社に譲渡し、同年十月二十日解散したものであつて、両会社の人的関係及び本件譲渡行為当時の事情からみれば、本件譲渡行為は訴外会社がその国税滞納処分による差押を免れんとして故意になしたものであること及び被告会社がその情を知悉していたことは明らかである。

また、物件返還に代る損害賠償金は、受益者の引渡義務が発生した当時の評価額ではなく、詐害行為当時の評価額によつて算定さるべきである。

三、被告の時効完成の主張に対しては、原告は中断の事由を主張する即ち原告が詐害行為の取消原因を覚知したのは昭和三十一年一月十四日福岡税務署係官が被告会社を調査した結果にもとずくのであるから、詐害行為取消権の消滅時効は同日から進行すべく、しかして原告は右取消権にもとずき同年十一月六日被告所有の不動産につき仮差押命令の申請をなしたところ、即日同命令が発せられ、同月七日右不動産仮差押命令が執行されたので右時効は中断されている。従つて被告の抗弁は理由がないと述べ、立証として甲第一ないし第八号証(第四号証は一ないし八、第八号証は、一、二)を提出し、証人松尾大三郎、同橋本英敬の各証言を援用し、乙第六号証の二の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認めると答えた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告主張の事実のうち昭和二十七年三月二十五日被告が訴外会社から同会社所有の本訴第一物件の一、二の建物及び本訴第二物件を買受けたこと、その後、被告において本訴第一物件の一の建物二棟を取壊したこと、同第二物件のうち一ないし一〇、一一のうち八五〇個一二、一三のうち二十個、一四、一七のうち四十個、一八のうち四十個及び一九が現存していることを認めるか、原告が訴外会社に対しその主張のような租税債権を有することは知らない、その他の点はいずれも否認する。

(1)  被告は本訴物件を時価をもつて買受ける金を完済したから被告に対する訴外会社の売渡は詐害行為とならない。

(2)  仮に訴外会社が差押を免れるため故意に本訴物件を被告に譲渡したとしても被告は、当時その情を知らなかつたのであるから被告は原告から、右売買の取消を請求される理由はない。

(3)  次に右売買が詐害行為にあたるとして原告にその取消権ありとするも、原告は遅くとも昭和二十七年三月三十一日までに訴外会社と被告会社間の本件売買契約の締結及び履行の事実を知ると同時に、当時訴外会社には本訴物件以外にその国税の支払を担保すべき資産がなく、訴外会社の右売買が差押を免れるため故意になされたものであることを覚知したのであるから、原告の右詐害行為取消権は原告が本訴を提起した昭和三十一年十一月八日の以前にすでに二年間の時効が完成しているのである。

(4)  仮に右売買が詐害行為として取消されるとしても、被告は訴外会社からの買受物件を返還する債務を負うにとどまり、売買代金相当の金員を支払う義務はない。そして、(イ)別紙目録第一の建物について、まず述べれば、その二の木造瓦葺平屋建居宅兼事務所一棟(建坪十五坪)は現存しているか、第一の一、三の建物は、すでに存在しない。第一の二の建物は昭和二十七年三月二十五日買受当時に、最も価値の高い不動産として金二十九万円(実際の坪数十八坪七合四勺、坪価約金一万六千円)と評価されたものである。また、第一の一の工場二棟は、終戦直後に建築されたバラツク建であつて、被告が訴外会社から買受けて後、昭和三十年三月頃に至り使用不能なまでに老朽化したため、解体したものであるが、仮に被告が原告に対し右工場二棟の返還に代る損害金を支払う義務ありとするも(次に述べる別紙目録第二の物件のうち現存しない部分についても同じ)右損害金の算定は被告の引渡義務が発生したときの時価によるべきであつて、被告が訴外会社から買受けた当時の買受代金を規準とすべきものではない。(ロ)別紙目録第二の物件については、一一の地瓦金型は八五〇個、一三の右袖金型は二十個、一七の丸型は四十個、一八の冠金型は四十個の限度において現存し、一五の右親金型、一六の左親金型は現存しない。その他はいずれも存在していると述べ、立証として乙第一ないし第七号証(第四号証は一ないし五、第五号証は一、二、第六号証は一ないし三)を提出し、証人印丸勇、同大村恒善、同牛島末善の各証言、被告会社代表者中村ミドリ尋問の結果及び検証の結果を援用、甲第一号証及び同第八号証の二の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると答えた。

理由

一、被告会社が昭和二十七年三月二十五日訴外会社から同会社所有の本訴第一物件一の工場二棟、同二の居宅兼事務所一棟及び本訴第二物件を買受け、その後昭和三十年三月頃に至り、右工場二棟を解体したことは当事者間に争がなく、なお公文書なるをもつて成立を推定すべき甲第一号証によれば、訴外会社は右売買日の昭和二十七年三月二十五日現在において原告に対し原告主張のとおり合計金七十五万六千三百十九円の租税債務を負担していたことが認められる。

二、先ず、被告会社が昭和二十七年三月二十五日訴外会社から買受けた物件のうちに本訴第一物件の三の建物が含まれていたか否かについて按ずるに、成立に争のない甲第四号証の二、六ないし八、乙第一号証、同第五号証の一、二、証人大村恒喜の証言及び検証の結果を綜合すると、本訴第一物件三の建物は昭和二十七年三月二十五日現在において第一物件一の工場二棟の一部と敷地を同じくし、同二の居宅兼事務所一棟に接着して建つていたもので、被告会社は訴外会社から本訴第一物件一ないし三の各建物を一括して合計金四十四万七千円で買受けた事実を認めることができる。

三、次に、訴外会社の本件売買が国税滞納処分による差押を免れるため故意になされたものかどうかについて検討するに、成立に争のない甲第二、第五号証、乙第三号証、証人松尾大三郎の証言によつて真正に成立したと認められる甲第八号証の一、二、証人松尾大三郎、同橋本英敬、同印丸勇、同大村恒喜の各証言を綜合すれば訴外会社は、昭和二十四年二月二日セメント瓦製造及び販売を主たる目的として設立され、訴外中村藤吉郎が代表取締役に、また訴外印丸勇が取締役にそれぞれ就任し、福岡市西新町百道七十三番地の四の本件建物所在地においてその営業をなしきたつたものであるところ、昭和二十七年頃に至り営業不振のため前記認定のごとき国税の滞納を生じ、右中村藤吉郎は、訴外坂崎秀秋、同大村恒喜等と計つてその打開策に苦慮した結果、訴外会社と同一場所において同種の営業を目的とする被告会社を設立し、しかる後訴外会社の全財産を被告会社に移して前記租税滞納にもとずく差押を免れようと企て、昭和二十七年三月二十四日被告会社を設立して、その代表取締役に右藤吉郎の妻中村ミドリが、取締役に前記印丸勇がそれぞれ就任し、被告会社設立の翌日である三月二十五日に前記認定のとおり訴外会社の全財産である本訴物件が当時の時価で売買され、被告会社は買受物件をそのまま利用し、それ以外に特別な資産なく訴外会社と同種の営業を営む一方、同年四月十日訴外会社は所轄税務署長宛休業を届出て、同年十月二十日に至り解散したものであることを認めうべく、右認定を覆すに足りる証拠はない。従つて訴外会社は前叙国税の滞納処分による差押を免れるため故意に本訴物件を被告会社に譲渡したといわざるをえないのである。

そこで、被告は、先ず、本訴物件の売買は相当な代価をもつてなされ、被告はその代金を完済したものであるから右売買は詐害行為にならない旨主張するが、たとえ相当の代価をもつて売買されたとするも必ずしも詐害行為にならないと断ずることはできず、詐害行為の成否は、担保力の減少、売買の目的、売買代価、代価の使途その他を綜合勘案して決せられるべきところ、成立に争のない甲第三号証及び、同第四号証の二、六によれば、なるほど本訴第一物件の建物四棟は金四十四万七千円で、本訴第二物件は金二十七万二千二百四十円をもつてそれぞれ相当の対価で売買されたことが認められるけれども、証人大村恒喜の証言によれば、右売買は現実の現金授受によるものではなく、被告会社が訴外会社の債務を代払いして帳簿上の決済がなされたにすぎないことを窺知しうべく、これと前記認定のとおり訴外会社の本件売買の意図が差押を免れるにあつたこと、訴外会社は本訴物件以外の資産を有しないこと及び前記認定のごとき訴外会社と被告会社の人的並びに経済的関係を考え合せると、本件売買は詐害行為になると解するが相当であつて被告の主張は理由がない。

次に、被告は、本訴物件を買受けるに際し、訴外会社が右国税の滞納処分による差押を免れるため故意にこれを譲渡するものであるとの情を知らなかつた旨主張するが、これを認めるに足る証拠なく、証人大村恒喜の証言によれば、むしろ訴外大村恒喜は前記中村藤吉郎から前記認定のとおり訴外会社の国税滞納による差押を免れる目的で被告会社を設立したい旨の相談を受け、その意を受けて自ら訴外会社の清算事務を担当し、被告会社の設立事務に関与したことが窺われ、この点に関する被告の主張も採用することができない。

五、そこで原告は被告に対し本件売買は訴外会社が滞納処分による差押を免れるため故意になしたものとして国税徴収法第十五条によりその取消を求め得べきものであるところ、被告は右取消権は時効完成により消滅したと主張するので検討する。即ち被告は国税徴収法第五条の詐害行為取消権も民法第四百二十六条の類推適用により二年間行使しないときは時効によつて消滅するとの見解をとり、原告において本件売買の取消原因を覚知したのは昭和二十七年三月三十一日であるというのであるが、右覚知の事実を認めるべきなんらの証拠なく、甲第八号証の二及び証人松尾大三郎の証言によれば、むしろ原告が本件売買の取消原因を覚知したのは昭和三十年一月十四日国税局係官が被告会社に臨み、訴外会社の滞納事情を調査した結果であることが認められるのである。もつとも証人大村恒喜の証言によれば訴外大村恒喜が福岡税務署係官に対し本件売買の事実を告知したのは昭和二十九年の秋頃であることが認められるけれども、これを前掲各証拠と対比検討すれば、右の事実だけでは、昭和二十九年の秋頃本件売買につき原告が被告の詐害意思まで覚知したものとは遽に断ずることはできず、従つて昭和三十一年十一月八日の本訴提起前に被告の見解による、二年間の消滅時効は完成していないことになるので、この抗弁も理由がない。

六、しかして原告は被告に対し本訴第一物件につき、その現存せざることを主張して物件の返還に代る損害賠償を求めるので、以下検討する。本訴第一物件一の工場二棟が現存しないことは当事者間に争がなく、なお検証の結果に徴すると、同三の建物も現存しないことを認めうるが、本訴第一物件二の居宅兼事務所一棟については、証人大村恒喜の証言及び検証の結果に照すと昭和二十七年三月二十五日に被告会社が訴外会社から買受けたままの状態で現存していることが認められ、かかる場合、右居宅兼事務所一棟の返還については、被告主張のごとく、本来被告は買受物件を返還する債務を負担するにとどまり、その物件の評価額に相当する金員返還の義務はないと解すべきであり、ただ物件の返還に代えて評価額に相当する金員の返還を求むべき特別の事情ある場合はこの限りでないと解すべきであるが、前記認定に照せば、原告は被告に対し、居宅兼事務所一棟じたいの返還を求めえない特別の事情があるとは認められず(もつとも原告の主張は右物件の不存在を明かに前提としている)、従つて右居宅兼事務所一棟の評価額に相当する金員の返還を求める原告の請求は、その限りにおいて失当であるといわなければならない。一方、前記のとおり、本訴第一物件の一、三の各建物は現存しておらず、しかも証人印丸勇同大村恒喜の各証言によれば、右は被告の買受後、考朽化したため被告がこれを取壊したことを肯認しうるのであるから、被告は原告に対しその評価額に相当する金員を返還すべきものといわなければならない。ところで被告は本訴第一物件の二の建物につき昭和二十七年三月二十五日買受当時において同一、三の建物に比し最も価値の高い不動産として金二十九万円と評価されていた旨主張し、この点について原告は口頭弁論において明かに争わないので、右の主張事実を認めたものと解すべきである。従つて本訴第一物件の合計価額金四十四万七千円より右金額を控除せる金十五万七千円が本訴第一物件の一、三の建物の評価価額であることは計数上、明白であるから被告は原告に対し右金十五万七千円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和三十一年十一月十六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。

七、次に原告は本訴第二物件がいずれも現存していることを前提として被告に対しその返還を求めるのであるが、第二物件のうち一ないし一〇、一一のうち八五〇個、一二、一三のうち二十個、一四、一七のうち四十個、一八のうち四十個及び一九の右物件が現存していることは当事者間に争がない。そして右以外の物件については、検証の結果によれば一五、一六の物件は存在しているが、他は現存しないことを認めうるのである。従つて被告は原告に対し本訴第二物件のうち一ないし一〇、一一のうち八五〇個、一二、一三のうち二十個、一四ないし一六、一七のうち四十個、一八のうち四十個及び一九の各物件に限り返還すべき義務を負うものといわなければならない。

八、以上の次第であるから、訴外会社と被告会社との間になされた本訴物件の売買契約は詐害行為として取消を免れず、従つて、右売買にかかる本訴物件につき被告はそれを取得する権限なきに帰するので、原告の本訴請求のうち原告が右売買の取消を求め、且つ本訴第一物件の評価額に相当する金員のうち金十五万七千円及びこれに対する昭和三十一年十一月十六日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める部分、本訴第二物件のうち前項掲記の各物件の返還を求める部分の各請求は正当であるから、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤野英一)

目録

第一、左記建物四棟

一、福岡市西新町百道七十三番地

木造瓦葺平家建工場二棟(建坪三十五坪)

二、同 所 同番地

木造瓦葺平屋建居宅兼事務所一棟(建坪十五坪)

三、同 所同番地

木造瓦葺二階建一棟(建坪四坪)

第二、左記機械、器具、備品

〈省略〉

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